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2006/07/21 up    
奈良田(ナラダ)散策 七つの魅力
2006/07/13&15

 奈良田は急峻な山谷に囲まれ、他からは隔絶された山峡の邑(ムラ) -今は一応 早川町- にもかかわらず
現在は南アルプスの玄関として数多くの方々が訪れる 邑には七不思議の伝説が語り継がれている
そんな奈良田を 山行前後の短い時間でしたが、散策して自分なりの【奈良田 七つの魅力】を見つけました。
1 いっときは日本の首都
 奈良田は、かつて日本の首都だった(!?)
この話はこのような歴史がある
《時の帝 四十六代孝謙天皇(女帝)は健康に恵まれないお方だった 日々神仏に快癒を祈願されていたところ、「甲斐の国巨摩郡早川庄湯島郷に効験あらたかな霊湯がある」 と神託をさずかる 天平宝字二年(758年)の5月、帝は吉野から奈良田に入られ温泉治療を続けた はたして、病は全快する。 帝はこの地をこよなく愛し、病が失せた後も八年間ここに御遷居された》
 この間は、帝がこの地に居を構えたのだから 奈良田が京であり、日本の首都だった
今でも方言に、関東地区でありながら関西系のアクセントや、多くの古語が残っている
昔人も 「此処も奈良であるらん」と言ったかもしれない…

邑の【アジサイ】は 今が盛り

【帝の居】ではなく 富士吉田から移築した【鍵屋/屋号】の建物
代々、氏神の鍵を預かっていたという

【オカトラノオ】

2 奈良田七不思議
 これは最初の話と関係するのだが、御遷居された孝謙天皇は奈良王様と呼ばれ、まつわる七不思議が伝承されてきた
①御符水 -どんな時でも増減無い用水を掘られた 飲めば万病の薬となる
①の御符水
②塩の池 -山地のため塩の入手に不便を感じた奈良王様は塩水が沸く池も掘った
③染池 -奈良王がこの檳榔子(ビンロウウジ)の染池で衣を紅に染めた
 村人たちもそれにならいタホを染めた
④二羽鳥 -当時の村には烏が多く、村人を苦しめたため 奈良王様は
 約束を守った二羽だけ残し、残りを退治した
⑤洗濯池 -冬に洗濯に苦しむ村人を不憫に思い、奈良王様が祈願すると温泉が湧いた
⑥片葉の葦 -奈良王様が都に還られる際、葦までもが奈良王様を慕い、帰っていく方向の北側を向いて見送った
 それ以来、里に生える葦は北側の片葉になった
⑦七段 -かつての里は奈良王様の住んだ高台から河川敷までが自然の7段地形になっていた
 これは平城京の七条にならったものだといわれている
今回、実際に接するコトが出来たのは①と⑤ 次回はもっと詳しく調べてみたい

3 清流
 実は、かつての奈良田の里は 現在のバス停前に広がるダムに沈んでしまっている
清流はそのダム湖に塞き止められてしまったが、そこに流れ込む水はホントの【南アルプス天然水】
色々気にする方もいるでしょうが、流れ込む水なら自分はとても美味しく頂けます

ダムには長い吊橋が架かる

この流れ込む水の清らかさ 素晴しい
アーチの上は水路 面白い

4 焼畑農業の歴史
 奈良田は、駿河と甲斐の狭間 武田信玄から商売諸役免許をうけて以来 明治まで 甲斐の国の中で、ただ一村だけ無石・無高だった
昭和30年代まで雑穀栽培の焼畑農業を営んでいたのだ。 焼畑農業と言うと旧時代の農耕を想像させるが、さにあらん
焼畑耕法は地力が弱った後、森の再生期間が必要となる ここでは、短時間で森が再生するようにハンノキを移植する工夫が見られた
毎年、雪が融けると高地にアラク小屋を立て、村を後に家族総出でそこに住み、焼畑を行った
山や森の再生、夏の暑さから逃れる術 現代の人々が悩み、手間と巨額のお金を使っている問題に、当時の村人はひとつの答えを出し暮らしていた。
奈良田追分の一節 《ハー 高い山から谷底見れば 胡瓜やなすびの 花盛り こりゃゝ》
 歴史民俗資料館では、焼畑の仕組みを解りやすく解説し、山の生活に用いた道具などを展示してくれる
自給自足が周囲から隔絶された山里生活の基本 「山で生きるにはマンノウガン(何でもできる)でないといかん」
焼畑はもちろん,男は狩りや漁、大工から木工 女性は紡ぎから機織りそして保存食まで なんでもこなした
そんな暮らしや道具には、現代の登山やアウトドア用具 そして健康食に通じるモノも数多い

当時使われていた【かんじき】
今で言うアイゼン フロントの爪も有る

← アラク小屋
【早川町歴史民俗資料館】
【白簱史朗写真館】 共通
09:00-17:00〈¥500〉

5 白簱史朗写真館
 山岳写真の第一人者 白簱史朗氏
恥ずかしながら、趣味の項目に山がある自分なのだが、この方の名前は知りませんでした
しかし、写真は雑誌等で数多く見てきた
『山を写し、芸術とする』 口にするのは簡単だが -たとえば冬の3000m峰、生存だけで精一杯の状態にカメラの機材を運び上げ、何時になるか解らないタイミングを待ち続ける-
館には、南アルプスを中心に 『一度は観てみたい』と思う写真が展示されている
 登る前に こんなに素敵な写真を見せられると 『期待しちゃうじゃない~ 芸術写真は無理だけどネッ』

【道の涯 雲の彼方 吾が久恋の山頂は在り】 白簱氏がお世話になった山梨治林の方に贈った写真集に書かれていた言葉 『人生です』

6 山の幸
 清い水ある場所は旨い物処。
猪や鹿の肉、山菜やキノコそして川魚 季節感ある食材が豊富と言うことは容易に想像がつく 
 本当はヴェニソンとかのジビエ物が好物なのだが、時期では無いし、
山行前だし…
こんぼうす -奈良田の方言で《食いしん坊》の意- でニジマス定食 〈¥1,000〉を頂く
『この身は養殖モノではないでしょう !!』 ひさびさに絶品の川魚を食らう
【食事処こんぼうす】
10:30-15:00
ラストオーダー14:45

この後、当時の村人の足跡を追うように奈良田から大門沢に入り南アルプス・白峰三山を巡りました

7 温泉

【女帝の湯】
9:00-19:00

一回入浴 大人 500円

檜の浴槽
 山行後、秘湯 女帝の湯に浸かる
バスからは大勢の方々が降りたはずなのに、温泉に向かうのは自分とご夫婦1組だけ 『下山後の温泉は幸せなのに~』
一緒になったおじさんは、神奈川から毎月のように此処に浸かりにくるそうだ
「山梨で一番良い湯だよ」 たしかに素敵な湯質だ 無臭透明だが、すごいヌルヌル感で湯が体にまとわる
湯温はさほど高くないのだが、湯から上がったあとも、しばらく温泉皮膜に覆われているようだった
 また飲泉も好い ライトでドライな硫黄の味 『ゴクゴク飲めそう』 おじさんは毎回ペットボトルに詰めて帰るそうだ
冷めると一段とおいしいという 『
しまった 自分もボトルを持ってくればよかった…』

奈良田ではここ以外にも温泉旅館 白根館の七不思議の湯がある。
 南アルプスの最奥部 深山幽谷 奈良田の
最初は、『なんでこんな場所に人が住み着いたの?』 理解できなかったが、豊かな自然の恵み、自給自足、夏は家族総出で山で焼畑農業 冬には魅力的な温泉 確かに危険と隣り合わせな生活ではあるが、ある面 現代人も憧れる生活があったのだろう
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